他人を変えよう 自分も変わろう

ライフ コンサルタント / パーソナル プロデューサーのイマヲカシです。


他人を変えることはできない!

「 ホンマにせやろか?」

イマヲカシは他人を変えてやろうと必死で生きてまして。
時にはお節介になることも承知で伝えることもあったりして。

もちろん。
何もしないことの方が多いですよ。
関係性やタイミングが良くないと伝わるものも伝わらない。

でも。
なるべく自分が良いと信じることは伝えます。
より良い生き方ができるように願って伝えます。

“他人は変えることができる”

それも自分の思惑通りに変えられる。
でも、その思惑が相手と一致しないと変わりにくい。

人は自然に相手を変えようとしちゃう。
そして相手が変わることを期待しちゃう。
この期待がトラブルの切っ掛けになって、

「他人は変えることができない!」

という結論に達っしてしまうのだ…。

例えば。
健康的な食事のことを広めたいと思った時。

「ほら!コンビニ弁当にはこんなに添加物が!」
「農薬を売ってるモンサント社はディープステート!」

みたいに目を血走らせて唾を飛ばして伝えたとしよう。
それはもう当然のように、

(こわ…添加物抜くとこうなるんか)

引かれる。
一方、

「この前雑誌で添加物抜きの食生活を読んでさ。
 ちょっと続けてみたら肌の調子良くなったよ」

みたいに伝えるとどうだろう?

「セブンのコンビニ好きだけど…
 最近上げ底してたし食べるの止めよ…」

ってなるかもね。

目を血走らせている時は多分本当に相手のことを思えていない。
とにかく伝えたい強い気持ちが唾とともに飛んでいる。

これだと他人は心を閉ざしちゃう。
なんなら、

「誰に洗脳されたの?!元に戻って!」

と、逆に変えようとしてくるだろうね。

さてさて。
相手を変えようとすることは悪だろうか?
大切な人の肌をツヤッツヤにしてやろうと思うことはイケナイことだろうか?

相手にとって良いことだったとしても。

「肌艶?知らん!上げ底されてもセブンの弁当が好きなんだ!」

ってなることもあるけれど。
人間って多様性の生き物だからね。

相手を変えようとすることも。
目を血走らせることも。
穏やかに良いことを伝えることも。
頑なに自分を変えないことも。
上げ底のセブン弁当を食べ続けることも。
ぜんぶ自由で構わないだろう。

人は他人に変えられて今がある。
もしかしたら。
目を血走らせて伝えられたことが大切な言葉だったかもしれない。

人を変えても良いし。
人に変えられても良い。

そんな気軽な気持ちで人と関わる方が良いでしょ。
きっと。

言いたいことを我慢せず。
本音を言って。
YESもNOも伝える。
唾の飛ばしあいにならないように。
お気をつけあそばせ。

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