ワタシは特別で非凡で天才

パーソナル・プロデューサー/ライフ・コンサルタントのイマヲカシです。

人は特別になりたいと願いながら生きています。
自分で自分を特別と信じたい。
誰かに特別と言ってもらいたい。
非凡で天才と信じたいし、誰かに言ってもらいたい。

そんなことを願いながら特別にも非凡にも天才にもなれずに苦しんでいる。
そんな人が多いように思います。

イマヲカシは、人はみな特別で非凡で天才であると考えています。
個性があって、唯一無二の存在であるとも思っています。
でも、みんな特別や非凡や天才を求めてしまっている。
既にそうであるのに、そうでないかのように願ってしまっている。

それは苦しかろう。

ないものねだりならぬ、あるものねだり。
あるのに、ねだる。
無理筋である。

人は自分と他人を比べて、普通と特別の間を移ろいます。
平凡と非凡の間を移ろいます。

自分より劣っている人を見つけては自己肯定感を高め。
自分より優れている人を見つけては自己否定感に苛まれる。

そして疲れる。
疲れると他人の承認なしでは生きられなくなる。

「わたしは普通だから…」「そんなことないよ!特別だよ!」
「わたしは平凡だから…」「そんなことないよ!非凡な才能があるよ!」

承認欲求は自分を褒めてくれる人を求めます。
言わば認めてもらうための人間関係。
その人間関係が続く場合は、共依存の関係に行きつきます。

お互い傷を舐め合い。
お互い褒め合う。
時に違う形で相手に何かを差し出しながら、共依存の関係は続く。

共依存の関係は否定しませんが、その関係性を続ける限りはお互いに成長発展の可能性はありません。
例外はあるにしても、ほぼほぼありません。

そして。
相手が共依存の関係性を抜け出す雰囲気を感じたら足を引っ張ります。

「誰かに変な影響受けてない?」

なんてことを言ったりして。
成長されたら困りますからね。
共依存を続けられなくなるとマズいのだ。

何度となく見てきた法則のようなものです。
共依存の関係を誰かと築いていると自己成長を諦め人の成長を邪魔する。
共依存の関係は否定しませんが、不健全ではあるでしょう。

お互いが自立していて。
お互いが自分を特別で非凡と確信していて。
特別で非凡な者同士がお互いの成長を促す関係が成り立っている。
こちらの方が健全で大人で成熟しているのは間違いないでしょう。

誰かに自分を肯定してもらわないと辛い。
そんな時もあるでしょう。
共依存の関係に安心感を求めてしまうこともあるでしょう。

でも、いつかは抜け出さなくてはいけない。
自分で自分を認めなければいけない。
自分で自分を信じてあげなければいけない
本当の意味で自立しなければいけない。

でないと同じ苦しみを味わい続ける。
でも、そこで自分を信じきれない心の闇に向き合えば苦しみは終わる。

自分の心の弱さや闇に向き合うのは痛みを伴うでしょう。
でも痛みを乗り越えると人の承認なしでは生きられない苦しみから逃れられます。
共依存症からの脱却です。

自分で自分を愛せるようになったら世界が変わります。
自分は特別で、みんなが特別な世界。
自分は非凡で、みんなも非凡な世界。

心からそう信じられる世界で生きる。
その世界の方がきっと後悔のない人生を送れるでしょう。

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