お前たちは天のふるいにかけられているのだ…

「知らんけどー!」

ここ最近の“知らんけど”案件。
天のふるいにかけられて堕ちたらどうなるのか…。
これも知らんけど。
落ちるの?堕ちるの?どうなるの?

天のふるいとか言ったらソレっぽいかな?と思って書いてしまいました。
神様が人間を試してる?
僕たち試されてる?
選別されちゃってるの?
みたいな?

天もふるいも神様の試験も、さて置き。
本題はエゴちゃんです。
最近は僕の周りでエゴちゃんに呑まれる人ラッシュ。
呑まれると真っ逆さまにダークサイドへ。
ダース・ベイダーの出来上がり♪

なんて上から目線で書いてますが、もちろん僕も例外ではありません。
でも僕は堕ちません。
近くに忌憚なく意見を言ってくれる人がいますから。
たまに遠慮なく物申してくれる友達と話しますから。
耳が痛いことも言ってくれる行きつけの占い師に相談もしますから。
だから絶対に堕ちません。
常にフォースと共にあります。
絶対です!

なんて言い出すと危険!
“絶対”とか言い出した時にスリッパで頭を叩いてくれる人がいないと危険!
いますかね?そんな人?
その人の意見を素直に聞けているうちは大丈夫ですよ。
きっと大丈夫。

さてさて。
堕ちるという表現を便宜上使っていますが、この言葉にさえも危うさが潜んでいます。

「自分は堕ちていない」

という優越感をつくってしまうんですね。

「また堕ちていった…」

なんて言って人を見送る時の瞳には闇の輝きが潜んでいるかもしれません。
そこまで考えて暗黒面に堕ちないかと、ヒヤヒヤしながら過ごしています。

さてさて。
ここ最近のテーマは「謙虚」さでした。
謙虚な気持ちがなくなると周りが見えなくなります。
もちろん人を尊重できなくなります。
もちろん口先だけの感謝になります。
表情も変わってきます。
結果、フォースと共にあることはできなくなります。
これはエピソード3-シスの復讐-を見たら良いでしょう。

そんな現象が周りで起こると、必ず自分事に落とし込みます。
自分は謙虚になれているか?
不遜になっていないか?
傲慢さは出てきていないか?
お陰様での気持ちを持てているか?

なんて感じで内観します。
内観すると、完璧にできてることはありません。
少なくとも、

「ちょっと調子乗ってたかな?」

みたいな気づきがあります。
自分で気づくことができれば良いですが、全て気づけるわけではありません。
そこで僕は信頼できる人に相談するわけです。
感情を抜きにして事実を列挙して、意見を仰ぐわけです。
そこで、だいたい自分のエゴちゃんには気づけます。

「確かに何か心がざわついてたな…」

このざわつきに対する感度を上げていくしかないんですよね。
フォースと共にあるためには。

最後は蛇足になりますが、最近の気づきです。
暗黒面に魅入られた人に対する気持ちが変わりました。
ちょっと前は嫌悪感さえ持っていましたね。

「エゴちゃんのブログ記事読んで納得して褒めてくれてたのに!」

最近まで、モヤモヤをひきずっていたような気がします。
闇に魅入られた人を悪に仕立てていたような気がします。
でも、それが変わりました。
上から目線でもなく、先輩面するわけでもなく、受け入れる。
闇に手を染める気持ちを。
闇に救いを求める弱さを。

ただ、尊重することはできません。
闇に魅入られた人の末路を見てきた経験があるからできません。
いかなる理由があろうと。
どんな言い訳をしようと。
僕が尊重するのは呑まれそうになる闇の誘惑に打ち勝った人の意志です。
闇に飲まれた人を、受け入れ、認め、見守ります。
その人の幸せを願います。
でも、闇に手を出した決意は尊重はできません。

そして助ける手には限界があります。
助けるという言葉にさえ過敏に反応する人がいるかもしれませんが。
一つは闇に魅入られた人に差し伸べるための右手です。
もう一つは自分を癒すために必要な左手。
自分を保つことも疎かにできません。
たまに両手で自分を癒さないといけないくらいに。

そんな限りある二つの手。
その一つしかない右手を上から差し出さないように。
同じ目の高さで手を差し伸べられるように。
お節介かもしれませんが、気づいて欲しい人には手を差し伸べます。
振り払われるかもしれませんが。
懲りずに手を差し伸べます。
手を握り返してくれる人がいる限りは。

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