何もかも失った末に思う自分の価値とは

大げさに書きました。
タイトルは刺激的な方が良いよね、みたいなことを誰かが言っていたもので。
すみませんでした。

大げさではないにしても、最近急速に失う体験をしています。
日給5000円のバイトは週に1~2回ですから生活しているだけで生活費は赤字。
生きるってお金が必要なんですね。
足りない分はしこたま親の脛を齧って、しゃぶって、骨の髄まで吸い尽くしたので、さすがにLINEで借金のお願いはできません。
実家に帰るまでにやせ細っておいて暗に貧乏アピールをして食費を頂くのが関の山でしょう。
とにかく、こんなにも親に甘えたのは生まれて以来初めて。
乳幼児の頃でさえ、こんなに甘えたことはなかったでしょう。
実家に帰った時に聞いてみたいですね。
聞かないけど。

要するに家計は火の車。
カードは、これからのビジネスに備えての出費でギリギリ。
なので取りあえず私物を売り払いまくっています。
本にアクセサリーに鞄に財布にネクタイ。
一生使うと思っていた時計にも手を出しました。
生命保険なんて笑顔で解約しています。

「36歳が何やってんだよ…」

みたいに思われるかもしれませんが、当の本人は36歳という年齢に思うところはなく、何だかんだ楽しんで私物を切り売りしています。
むしろ物に対する執着がだいぶ無くなって良い経験になっています。
将来的に稼いでいくためのビジョンがあったり、それに向けての行動が伴っているから、ということもあると思いますが、別に上手くいかなくても問題なし。
今持っている物を全て失ったところで不便になるくらいだろうな、くらいの感覚です。

さて。
最近は将来のネットビジネスに備えてのアフィリエイトを地道にやっています。
紹介とか広告での実績を積み重ねる必要があるんですね。
その案件で友達に協力を仰いだのですが総スカンという結果が待っていました。
あいやー!
別にネットワークビジネスでもないので、逆にメリットしかないWin Winなオファー。
僕が逆の立場なら喜んで協力する話です。
それでも怪しいと思われたのでしょう。
待っていたのは全身全霊のスルー。
想定以上のスルーだったのでかなり戸惑いました。
どんだけ信用ないねん?!ってツッコミも入れました。
物を失うのは構わないんですけど、

「友達を失うのは嫌だ!1人になんてなりたくない!」

思いますよ。そりゃ人間だもの。
でも一晩寝たら忘れてましたね。
綺麗サッパリ。
単にお互いの価値観が違うとか、僕への信頼が足りなかったという話ですからね。
友達は失ったかもしれませんが、自分は何も損なわれていません。
心身共に完璧です。
かと言って別に自分にとって友達の価値がなくなったという話でもありませんよ。
何かが違っちゃってるんだな、ってお互い認識しただけです。
それが再びどこかで合うこともあれば、永遠に離れたままなこともある、という話。
お互いがお互いに完全なままで、繋がっている人が流動的なだけ。
でも繋がりに執着すると苦しみが生まれちゃいます。
自分が孤独になって、存在価値がなくなって、生きていけなくなる。
という謎の恐怖に苛まれちゃいます。
自分の人生を自分らしく生きられない理由は、まさにこの”恐怖”なので、ここを克服しない限り自分の人生は始まりません。
という意味では信頼がないことへの恐れを体験できたことは僥倖といったところでしょう。
その他諸々36歳のバリバリ働いて充実している同世代の人間には得難い経験している気がしてます。
知らんけど。

タイトルの問いに答えてない気もしますね。
全力で答えたつもりなんですけど。
要するに自分の価値は物とか人脈では左右されないと思いますよ?って話です。
悪いことをしたからと言って他人に非難されても価値は損なわれません。
例えば悪い噂が社内で広まったら”社員としての価値”は下がるかもしれませんよ?
でも、人としての価値はそのまんま。
他者は自分の価値を貶める力なんて持ち合わせていないですからね。
ただ、人にとって悪いことをしてたら自分で自分を貶めることになるので同じようなものですが。

さてさて。そろそろ〆ます。
だいたい何もかもを失ったわけなので、心理的にも物理的にもスペースが空いてスッキリしてます。
かなりスカスカで寒いくらい。
そのうち入ってくる素敵なナニかを心待ちにしながら、今日もシコシコとメルカリに私物を出品したいと思います。
メルカリ様々!
ほな、また!

※画像は名器の筒井筒。Facebookで物の価値について語った小話に登場しました。

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